翌、早朝6時。
ホテルの一室で簡素な朝食を済ませた私とタロウは、大阪駅目指して歩き始めます。
梅田と呼ばれるその辺り一帯は昼夜は多くの人々で賑わうのですが、まだ早朝の為かひっそりと静まり返っていました。
大阪駅から環状線に乗り、西九条駅でゆめ咲線に乗り換え『ユニバーサルシティ駅』で下車します。
待ち合わせ場所に、姉一家の姿がありました。
「こんにちは~」
と私が手を振ると、「叔母ちゃーん」と姪っ子のMちゃんが真っ先に抱きついてきてくれました。
「Mちゃん、久しぶり~」
姉とも、「きゃ~」と言い合いながらハグをして、甥っ子のSくんとは「よぉ」とグータッチします。
姉の旦那のAさんには、「どうも、今日はよろしくお願いします」と会釈しました。「いえいえ、こちらこそ」と丁寧に会釈を返してくれました。
隣でタロウも全員に挨拶を交わしています。
そうして6人で、今回の旅行の目的地、USJ目指して歩き始めたのです。
まだ7時前だというのにチケット売り場は長蛇の列でした。
「事前にチケット買っておいてて良かったね~」
「うん、ホントに」
姉と言い合います。
入場ゲートに並びながら、タロウが全員分のチケットのQRコードを読み込み、公式アプリに登録します。
「入場したら、すぐ整理券取るんで」
「タロウくんホントありがとう。助かるわ~」
スマホを操作しているタロウに向かって姉がそう言い、「私も調べたんだけど、なんかよく分かんなくって」と笑います。
「うん、私もさっぱり分かんなかった」
と私も苦笑しました。
「USJに行きたいな…」
ポツリとタロウが呟いたのは中学生の時でした。
その頃は、まだ全てが平穏でした。
「じゃあ、中学の卒業旅行ででも大阪行こっか」
とごく気楽に笑い合えていたのです。
ところが、中学を卒業する頃には新型コロナウィルスが蔓延しており、世の中はそれどころではなくなっていました。
その後家庭内でも状況は目まぐるしく変転し、落ち着いた頃にはタロウはもう高校生になっていました。さすがにテーマパークに興味がなくなっている年代だろうと思っていましたが、ある日ポツリと
「USJ、行きたかったな…」
と呟いたのです。
「え、じゃあ」
私は即座に言葉を続けます。
「行く? 一緒に」
「う~ん…」
タロウは逡巡しますが、
「いや。さすがにこの歳で母親と二人でテーマパークはちょっと…」
と苦笑されたのです。
まぁ、それもそうかと私も思い、その話はそこで終わりとなりました。
『ねぇ。じゃあ、ウチと一緒に行かない?』
姉がそう提案してくれたのは、その数日後の事でした。
「え、ホントに? お姉ちゃんの所からだと結構遠くない?」
『大丈夫だよ。私も一度は行ってみたかったから』
行こうよ一緒に、と誘われた事で話が一気に進みました。
タロウにその話を持ちかけると、SくんとMちゃんが一緒なら、と嬉しそうに答えたのです。
タロウと二人暮らしになってから、姉一家とはそれまで以上に親しくさせてもらって来ました。
スケジュールを合わせて実家に帰省したり、姉一家の家族旅行に混ぜてもらったり、お互いの家を行き来して泊まり合ったり。
姉宅の飼い犬から私は異常に懐かれ、眼鏡のレンズごと顔をベロベロ舐め回される状況に辟易しつつも、ここはあたたかい家庭だなぁと和んだものでした。
姪っ子Mちゃんは無邪気に甘えてくれ、甥っ子Sくんは少し照れながらも、好きな分野の話を饒舌に語り掛けてくれます。
私はタロウに向けるのと同じように、姪っ子甥っ子の成長も微笑ましく眺めてきていました。
それは一人っ子であるタロウにとっても同様だったようで、僅かなお小遣いから従兄妹二人へのプレゼントを買っては、せっせと贈ってあげたりと、何かと可愛がっているようでした。
そうしてUSJ行きが決まり、お互いの日程を合わせ、新幹線のチケットや宿を確保するところまでは順調でした。
ところが。
USJのシステムを調べるほどに、混乱していきます。
USJにはワンデーパスの他に、エキスプレスパスというものが存在しているようでした。
タロウや甥っ子が行きたがっているスーパーニンテンドーワールドというエリアは混雑時には入場制限がかかってしまうのです。
ワンデーパスを買っただけでは、アトラクションはもとより、その人気エリアに入る事すらままならないようでした。
予定日は春休み期間の混雑時です。
ならば。せっかく遠方から行くのだからエキスプレスパスとやらを買おうかと調べてみましたが、行く予定日の一番安いエキスプレスパスだけで一人2万2000円もしました。
え、…え?
しかもエキスプレスパスには入場料が含まれていません。という事は、ワンデーパスを含めると一人3万円以上かかってしまう事になります。
私は大阪までの交通費や宿泊費、そして旅行期間中にかかる飲食代やテーマパークでのチケット代をざっと計算し、
「無理だ…」
と諦念を抱いたのです。我が家の経済状況を考えると、そんな贅沢はとても叶いそうにありません。
姉にその旨を伝え、今回の大阪旅行は辞退する方向で話を進めました。
『う~ん…。確かにウチも、全員分のエキスプレスパスとやらを買うのは厳しいけど』
なんせ家族全員分で9万近くもしちゃうしね、と言って少し考えた後、
『ねぇ、ワンデーパスでいいからやっぱり行くだけ行ってみようよ。それで楽しめるだけ楽しめればいいんじゃない?』
姉からの提案で、とりあえずワンデーパスで行ってみることにしたのです。
その後タロウが、USJについて細かく調べてくれました。
ワンデーパスだけでも、USJ公式アプリからパーク入場後に整理券を取れば人気エリアに入る事は可能らしいとの事でした。
その為には、入場前に全員分のQRコードを読み込んでおいた方がいいとも言われました。
その他にも、開園30分前くらいにはゲートが開けられるから早く行って並んでおいた方がいい事、パーク内での食事事情やトイレ情報、アトラクション情報なども詳しく調べてくれたのです。
『タロウくん色々教えてくれてありがと~。当日はよろしくね』
『いえいえ。自分もUSJが新しくなってからは初めて行くんでざっと調べてみただけで』
『楽しみ』
『ね~楽しみだね!』
姉一家とのグループLINEではそんなやり取りがありました。
「皆様、お待たせ致しました! いよいよ開園でございます!」
今か今かと待ち望んでいたゲート前の行列に、高らかなアナウンスが響き渡りました。
軽快なファンファーレと共に、ゲートが開かれます。
と同時に、並んでいた人達が次々に入園して行ったのでした。
目当てのニンテンドーワールドには入れるのだろうか? 今日という一日を楽しめるのだろうか?
期待と不安に胸高鳴らせながら、私もゲートをくぐり抜けたのでした。