シフトアップのその先へ

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郷愁~大阪卒業旅行 その①

「大阪…」

「…だね」

新大阪駅のホームに降り立った私と息子は、半ば放心状態でそう呟きました。

立ち止まっている私達に後ろから「チッ」と舌打ちが聞こえたので、「あ、すみません…」と脇にどくと、背広服姿の男性が苛立ったように追い抜いて行きます。

とりあえず進もうか、と目を合わせてホームを歩み始めました。

「いやぁ~。長旅だったなぁ」

伸びをしながら私がそう言うと、

「よく言うよ」

と息子のタロウが呆れ顔で返します。

「新幹線の中でずっと寝てたじゃん」

バレてたか、と舌を出しました。

「大阪、何年ぶりだっけ?」

「さぁ…」

タロウは首を傾げて考え、「5年ぶりくらい?」と答えました。

 

 

今回の大阪行きが決まった当初、私はホテルのチェックイン時間に合わせて夕方に着くよう新幹線のチケットを取るつもりでいました。

でも、

「せっかくだから、大阪に住んでいた時のマンションを見に行ってみようよ」

とタロウが言い出したのです。私は内心「へぇ~」と驚いたものです。

タロウは大阪在住時代はもとより、二人暮らし以前の生活についての話題を持ちかけるだけで、「知らない」「忘れた」「覚えてない」と素っ気なく返して来ていたのです。

私に苦い思い出があるように、息子にとってもまた、触れられたくない過去があるのだろうと解釈し、話題を出さずに過ごして来ました。

今回高校卒業という一つの区切りがついた事で、タロウは過去と向き合おうとしてるのかもしれない。

そう思い、出発を早めて午前中には大阪に到着するチケットを購入したのです。

 

 

大阪市営地下鉄御堂筋線に乗り換え、目的地を目指します。

エスカレーターに乗った際、

「お母さん。右だよ、右」

とタロウから言われ、「あ。そう言えばそうだった」と慌てて右側に寄りました。大阪ではエレベーターは右に寄るルールなのです。

目的の駅に着いて歩き始めると、私達はひたすら「懐かし~い」「変わってないなぁ」と連呼し続けます。

 

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「この道の緩やかな傾斜も、疲れて帰って来た時にはしんどかったよね」

「確かに」

言いながらタロウはぐんぐん進んでいきます。

タロウの後ろ姿を眺めながら、本当に大きくなったなぁと改めて感じました。

先日紳士用スーツの採寸をして貰った際、「あぁ、結構肩幅ありますね」と店員さんから言われたのです。

背も伸び、高校の制服は二回も丈を長く直しました。肩幅もガッチリして、見るからに逞しくなっています。

大阪で暮らしていた時のような幼さや頼りなさはもはや微塵も感じられません。

 

 

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「あぁ~懐かしいなぁ」

「ホントだね」

マンションを見上げながら、

「ねぇ。タロウ覚えてる?」

「覚えてない」

まだ何も言ってないじゃん…と思いつつ、

「2016年の8月1日」

と続けます。

「随分具体的な日付けだなぁ。何の日?」

「タロウが裸足で家出した日」

「覚えてない覚えてない」

「探しても中々見つからなくって、結局警察のお世話に…」

「覚えてない覚えてない。一切、覚えてないっ!」

絶対記憶にあるだろうその態度に、思わず吹き出してしまいました。

 

 

「ほ~ら、キミが野球をしていた校庭だよ~」

小学校のグランドを指差し私が言うと、

「…あんまいい思い出ない」

とタロウが呟きました。

「まぁ、野球は下手…あまり上手くなかったからね」

と苦笑します。

 

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「あぁ~美味しい。色んな所のたこ焼き食べたけど、ここのが一番美味しいと感じてたんだ」

「うん、俺もそう思う」

私もタロウも、たこ焼きの味付けはいつも『塩マヨネーズ』一択でした。

12個入りを一箱買い、ベンチで半分ずつ食べます。出汁がきいていてふんわり柔らかく。中に入っているタコもプリプリでホクホクしながら平らげました。

 

「さて、次は何処に行こうか?」

「ノープラン」

「やっぱ、道頓堀?」

「そうだね」

万博記念公園大阪城通天閣は在住期間中に行っていました。

 

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有名なグリコの看板をバッグに写真を撮り、近くの喫茶店に入ります。お昼はたこ焼きしか食べていなかったので、サンドイッチも頼みました。

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クリームソーダを頼むタロウを見て、少し微笑ましく感じます。

 

「タロウはさ」

卵サンドを頬張りながら、ずっと気になっていた事を聞いてみます。

「出身はどちらですか?って聞かれたら何て答えるの?」

「え~?う~ん…」

クリームソーダのソフトクリームを細長いスプーンで掬いながら、

「別に何処とも」

と答えて口に運びます。

「でも、この先絶対そういう質問はされると思うんだよね。出身はどこか?実家はどこか?って」

「あぁ、まぁ。あえて言うなら『神奈川』だよね」

「うんまぁ、実際生まれたのは神奈川で間違いないしね」

ですが。

タロウは幼稚園から中学校までという、子供時代の大半とも呼べる期間を大阪で過ごしたのです。

その時間が、タロウの人格形成に少なからぬ影響を与えであろう事は確かだろうと思いました。

 

 

タロウが裸足で家出したあの時。

まだ小学5年生でした。私はタロウの友好関係も行動範囲も、全て把握しているつもりでいました。しかも、タロウは裸足で家を出ています。すぐに見付けられるだろうと高を括っていたのです。

ですが、探せども探せども見付かりません。

やむなく警察に通報し、捜索に協力していただきました。

その後30分足らずで保護され帰宅して来ました。

警察の方々に平謝りし、タロウの無事を安堵すると共に、私はタロウの事なんかほとんど理解出来ていないんじゃないか、とその時考えたのでした。

母親は胎内で子を育て、この世に産み出します。そのせいかどうか、良くも悪くも、子供を自分の一部のように捉えてしまう側面があるのです。

 

でも、この子は私の一部のように掛け替えのない存在でありながら、タロウ独自の人格と意思を持っている、とそこで初めて実感したのでした。

 

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夕飯は、551蓬莱というお店で豚まんとあんまん、餃子を買って、ホテルの一室で済ませました。

「やっぱりここの豚まんは美味しいねぇ」

「ホントだねぇ」

言い合いながら、思い出の味に舌鼓を打ちます。

 

「おやすみなさい」

「うん、おやすみ~」

言い合いながら灯を消すと、タロウの静かな寝息が聞こえて来たのでした。