シフトアップのその先へ

最高の相棒と、どんな道も、どこまでも

故郷と桜並木

「ここいらの、桜の名所って何処かなぁ?」

それは山形に引っ越して来て約10日後、4月上旬のこと。父と母にそう訪ねると二人は少し考え、

「松ケ岡かなぁ」

「やっぱり、馬渡だよ」

と回答しました。

マツガオカ?

マワタリ…?

地名で答えられても私にはさっぱり分かりません。

 

生まれ育った故郷とはいえ、私はこの地を自身の運転で車道を走ったことは一度もないのです。しかもこの20年弱で新しい道が出来たり合併しりした市町村もあり、地理も変わってしまっています。

 

 

よく聞くと、松ケ岡とは松ケ岡開墾場を指すとの事でした。

そして馬渡は完全なる地名で、広い範囲を示しており、そこのどこが桜の名所なのかは地図からは分かりませんでした。

父が、詳しい経路を口頭で教えてくれます。

Googleマップで行き方を調べ、ルートを設定しました。

 

「情報ありがとう!じゃあ明日バイクで行ってみるね」

私がそう言うと、母はくれぐれも事故に遭わないようにと言ってきました。

「うん、安全運転で行って来る」

 

 

翌朝。

「さて」

ヘルメットを被りセローのカバーを外してエンジンを始動させると、実家のガレージから走り出します。

 

 

まず一つ目の目的地は、『松ケ岡開墾場』です。

そこは明治維新後、庄内藩士たちが拓いた緑豊かな大地となっています。国指定史跡としての認定を受けているのです。

その敷地内にはたくさんの桜の木が植えられているそうで、毎年桜のシーズンには桜祭りが開催されているとの事でした。

 

誘導員から誘導され、駐輪場にセローを停めて歩き始めます。

 

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桜は満開でした。

ちらほらと出店もありましたが、まだ時間帯が早いためか空いていました。

 

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茅葺き屋根の建築物もあり、情緒が感じられます。

 

 

ひとしきり見て回った後、セローに戻って次なる目的地を目指しました。

 

「馬渡馬渡。えっと経路は…と」

私は父が教えてくれた馬渡の桜並木をナビに設定するや、走り出します。

両隣には田んぼが広がり、道は長閑な片側一車線です。

 

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その道を、セローが春の爽やかな風を受けて走り抜けました。

「おぉ~すごいすごい」

遠くからでも、その桜並木はピンク色の広がりを見せ規模の大きさが伝わって来ました。

 

あぜ道を抜け、ついにその道へと突入します。

 

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何処までも続く桜並木でした。

ここは桜の名所ではあるものの、道も狭く出店やシートを広げる広場もない為か、ゆっくり花見をしながら走り抜ける車ばかりでした。

道が狭くて対向車とすれ違うのが怖いと母は言っていましたが、バイクならば安心して入って行けます。

 

他の車両と同じように私も、満開の桜を堪能しながらゆっくりと走りました。

 

馬渡川やすらぎ公園でセローを駐輪します。

 

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手前には枝垂れ桜が、その奥にはソメイヨシノが広がっていました。

なんて綺麗な所なんだろうと、はぁとため息が溢れ出ました。

 

セローに跨り、次は市街地を目指します。

市内にある城址公園も桜の名所なのです。そこは私も、子供の頃何度も連れて行ってもらった記憶がありました。

 

バイクを停めて公園内に足を踏み入れると、屋台がたくさん出ていて多くの人々で賑わっていました。

そして、連なる桜たちが華やかに花を開かせていたのです。

この桜の木は、私が子供の頃からあったものなのだろうか?

そうなのだとしたら、樹齢何十年になるのだろう?と考えながら散策します。

 

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公園内の池を囲うように枝が伸びていました。

賑わう園内を歩き回り、セローの元に戻って帰路につきます。

 

綺麗だったなぁ。

素直にそう思えました。

 

思えば、去年は体調を崩して退職したばかりでしたし、一昨年は家庭内のゴタゴタにより、精神はお花見どころではありませんでした。

故郷に帰ることに不安を抱いてはいたものの、今年はこうして季節の花を愛でようと思えるようになれたのです。

その事にどこかホッとしている自分がいました。

 

 

まだまだある、と思いました。

行きたい所、好きな道、素晴らしい絶景スポットや季節ごとの名所。

私の、故郷での新たなるバイクライフが今、始まろうとしています。

これからも楽しく伸びやかに、ツーリングを楽しんでいきたいと思いました。

絆~大阪卒業旅行 最終話

そうして長時間並んでようやく乗れたアトラクションは、魔法の国で主人公と共に箒で空飛ぶ感覚が味わえる、刺激的で迫力のあるものでした。

私もタロウも歓声をあげながらアトラクションを楽しみましたが、乗り物酔いしやすいMちゃんは具合が悪くなってしまいました。

「大丈夫? どこか休める所を探そうか」

タロウが辺りを見回しますが、どこもかしこもベンチが埋まってしまっています。

朝から入園している人達が、そろそろ疲れ始める時間帯でもあるのでしょう。

「ハリポタエリアが混雑しているから、とりあえずここから出た方がいいのかも」

私の提案に皆が賛同し、Mちゃんに気遣いながらゆっくり歩き始めます。

 

ようやく座れる場所を確保した頃には、MちゃんだけでなくSくんや大人達もぐったりしていました。

タロウだけが平然と公式アプリをチェックしながら、

「この後どうしようか? なんか時間も時間だからか、どのアトラクションも120分とか200分待ちになっちゃってるけど」

と言っています。

皆がげんなりしているのが分かりました。

100分待ちのアトラクションですら疲弊したのです。朝から歩き詰めで、待ち時間も立ちっぱなしでした。

「僕、足がパンパンだよ。待ち時間長いのはもう行きたくない」

とSくんが言います。

タロウは「そっか」と軽く答え、「すぐ乗れるアトラクションとなると…」と調べ始めます。

ですが、待ち時間の少ないアトラクションは幼児向けのものばかりでした。最年少のMちゃんですら、

「さすがにそれは乗らなくていいや」

と言っています。

 

「よし、じゃあもうホテルにチェックインしちゃおうか」

姉の提案に皆が「そうだね」と同意します。

今晩はUSJの提携ホテルを予約してあるのです。

 

「じゃあ、出口に向かう途中にグッズ売り場が並んでるから。そこで色々見て買い物しながらホテルに向かおうか」

タロウの言葉に、皆が賛同して腰を上げました。

と、突然Sくんがタロウに握手を求めます。

「ありがとう。USJに連れて来てくれて」

いや連れて来たのはキミのご両親だけどね、と内心突っ込みを入れます。

「え、いや…」

握手に応じながらも、タロウは照れたように笑っていました。

 

パーク内に流れる賑やかな音楽を聴いて歩きながら、ふと、テーマパークはもしかしたらこれが人生最後かもしれないな、と思いました。

非現実世界を造り上げ『夢の国』を味わわせてくれるテーマパーク。

ですがそれを楽しむ為には、相応のお金と時間と、そして体力が必要になります。

 

若いカップルや友達同士ならいざ知らず。

大人になり、そういった現実に目を向けるようになってしまうと、『子供が喜ぶから』というモチベーションがない限り、足を運ばなくなってしまう人が多いのではないのでしょうか。

少なくとも私はそうなりそうです。

 

 

あぁ。

でも、タロウは違うんだ。

大きくなった息子の背中を眺めながら、私はぼんやりそう考えました。

タロウはこの先、何度でもテーマパークに行くことになるのでしょう。

友達と、彼女と、新しく出来た自分の家族達と。小さな我が子を肩車なんかもしたりするかもしれません。

そしてその幸福の輪の中に、私の存在はもうないのでしょう。

それが自然の摂理です。息子が恙無く成長し、巣立っていく事を素直に喜ぶべきなのでしょう。

ですが、込み上げる感情を抑え切ることが出来ませんでした。

「叔母ちゃん…?」

Mちゃんが私を見上げ、不思議そうに首を傾げていました。

「どうしたの? 叔母ちゃん、どこか痛いの?」

「ううん、大丈夫」

私は懸命に笑顔を作って答えます。

「今日はとっても楽しかったから…」

私の心情を察したらしき姉が、「よしよし」と頭を撫でてくれました。

 

 

保育参観や授業参観、お遊戯会や運動会。

それら数々のイベントでは、どれもひと目で我が子を見付ける事が出来ていました。

私の目がいいからではありません。

タロウが、ソワソワしながら私の姿を探し出し、見付けると満面の笑みで両手を振ってアピールしてくれていたからです。

「こら、タロウくん」

と先生から叱られながらも、それを続けてくれていました。

それをしなくなったのは、一体いつ頃からだったでしょう?

もう、あんな笑顔で私に両手を振ってくれる事はありません。

それどころか、後ろを振り向き懸命に私の姿を探してくれる事すらもうないのです。

タロウはどんどん前へ前へと進んで行き、その目にはきっと、未来しか見えていないのでしょう。

 

 

そう考えていた時、タロウが不意に振り向いて、

「俺、歩くの速い?」

と今更な質問をして来ました。

「あ、そうだね。皆足が疲れてるみたいだから、もうちょっとゆっくり歩こうか」

頷くと、私に歩調を合わせて並んで歩いてくれました。

 

 

姉一家との宿泊は、男性部屋と女性部屋とに分かれました。

女性部屋では「これぞ女子会だぁ!」と酒盛りと女子トークが続き、男性部屋ではゲームが白熱していたようです。

 

朝食は、眺めのいい展望レストランでした。

 

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「ちょっ。そんなに食べられるの?」

タロウが追加で持ってきたデザート盛り合わせに、思わず問い掛けます。

 

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「余裕余裕」

本人が言うように、ペロリと平らげていました。

「タロウくんはよく食べるよねぇ」

姉の言葉に、「ホントに」と私も同意しました。

少食だった幼少時が嘘のようです。

 

 

「じゃあね」

「うん、元気でね」

「色々どうもありがとう」

「こちらこそ」

会った時同様、Mちゃんと姉とはハグをし合い、Sくんにはグータッチ、Aさんには会釈をして別れを言い合います。

「また会おうね。また集まろう」

「うん、また」

タロウもそう言って手を振っていました。

 

 

帰りの新幹線の中で、

『また会おうね』

という姉からの言葉を反芻していました。

『また会おう』『また集まろう』

家族である限り、どんなふうに形が変わっても絆は繋がっているのかもしれない。そう思えました。

 

「大丈夫だよ」

二人暮らしを始めたばかりの頃、よくタロウはそう言って私の背中をさすってくれました。

『大丈夫』である根拠も保証もどこにもなかったにも関わらず、その言葉に私がどれだけ救われて来たか分かりません。

 

「うん、大丈夫」

そう声に出してみて、笑みがこぼれました。

大丈夫、私は大丈夫。

タロウが未来へ翔いてくれている限り。

どうか。

子供達の歩む未来が、明るく優しさに満ち溢れた世界でありますように。

魔法の国~大阪卒業旅行 その④

私とAさん、そしてSくんがベンチに腰掛け休んでいると、グループLINEに、

『この行列、30分以上かかりそう。そうなると11時を過ぎるから飲食店に入るのはもう厳しいかも』

とタロウからメッセージが流れて来ました。

タロウの事前の下調べで、USJの混雑時はどの飲食店も11時を過ぎてしまうと3時間待ちが普通なのだと言われていました。

現在時刻は10時半。確かに、このエリアを出て今から飲食店に入るのは厳しそうです。

『じゃあ、今何か食べちゃった方がいいかもね』と私は返信します。

『焼きそばくらいしかないけどいい?』

タロウからの質問に、それでいいと答えました。

姉一家も同様のやり取りをしていました。

 

タロウと姉達がトレイに飲み物とフードを載せて戻って来たのは、やはり30分後くらいでした。

 

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お礼を言ってトレイを受け取ると、緑色のパンみたいな物体が載っています。ヨッシーをイメージした商品なのでしょう。

「えぇ~可愛い。これなぁに?」

私の問い掛けに、

「焼きそばだよ」

とタロウが簡潔に答えます。

「え、これが?」

 

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齧ると確かに、中に焼きそばが入っています。チーズもビッシリ入っていてとてもボリュームがありました。

「美味し~い」

「まぁ。それ一個で800円もしたけどね」

「マジか」

タロウの言葉に少しだけ現実世界に引き戻されましたが、ここでしか味わえないスナックを楽しみながら食べました。

 

そしてここで食べたこの焼きそばが、今日唯一のランチとなったのです。

飲食店に入るのは難しいかもしれない、とのタロウの読みはその通りとなり、レストランはおろか飲食物の売店ですらも長蛇の列となっていたのです。

 

「とりあえず、お昼に一応は座って食べられて良かったよ」

「ホントだね~」

姉と言い合い、スーパーニンテンドーワールドを後にしたのでした。

 

 

次は、姉とMちゃん母娘が行きたがっていたハリーポッターエリアに向かいます。

タロウは自分のやりたい事をやり尽くしたらしく、

「俺は、魔法は使えないから」

と静観する姿勢を見せ、皆から笑われていました。

そうしてハリーポッターエリアに入ります。

「おぉ~すごい!」

正直私も、ハリーポッターは最初の何作かしか観た事がない上にさほどの思い入れもなかったのですが、それでもその世界観に圧倒されました。

 

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建物の雰囲気もあり、映画の世界に入り込んだ気分です。

「えっと…。確かこのエリアでは魔法の杖が売られてるんじゃなかったかな?」

タロウがマップを見ながら確認します。

「ショップはあっちみたい」

RPGゲームのキャラクター達のように、皆でタロウの後に付いて行きます。

 

魔法の杖は、ニンテンドーワールドのパワーバンドのように売店で気軽に買える雰囲気ではありませんでした。

杖の売人が、

「魔法使いが杖を選ぶのではありません。杖が魔法使いを選ぶのです。あなたに合った、あなただけの杖がきっと見付かります」

と仰々しく語り、そしてショップの中へと誘われます。

ショップ内に積み上げられた魔法の杖の種類と数の多さに圧倒されます。

「え、え? 何がどう違うの? てか、作中でもこんなに種類があったの?」

戸惑う私を他所に、はしゃぐMちゃんと姉達。

私とタロウは邪魔にならないよう、

「外に出ておくね~」

と声を掛けて混雑しているショップから出ることにしました。

「すごかったね…」

私が言うと、

「うん。何がすごいって、あそこにあった杖、全部一律5,500円だったよ」

「高っ」

「それを、このエリアのそこかしこの人達が当たり前のように持っている」

見渡すと、確かに殆どの人達がその魔法の杖を持ち歩いていたのでした。

「これぞテーマパークマジック…」

 

お待たせ、とやって来たMちゃんはハーマイオニーの杖を、Sくんはスネーク先生の杖を買って来たのだと嬉しそうに言いました。

杖には、魔法の使える箇所の地図が添付されていました。

ハリポタエリアでは、魔法の杖を購入すると、エリア内の複数箇所で魔法が体験出来るのです。

「え~?これ、どこをどうやって見るの? まず現在地が分かんない」

戸惑う従兄妹達に、

「貸して」

とマップを受け取ったタロウが、「ああ」と頷き、

「一番近いのはあっちだよ」

と先導していきました。

 

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複数箇所で杖の魔法を体感したMちゃんとSくんは、

「魔法はもういいや」

と満足した様子でした。

 

「じゃあ、何かアトラクションにでも乗る? このエリアの中だと…」

とタロウがその場で調べます。

「あの建物が人気みたい」

と魔法学校の建物を指差します。

「うん、乗りたい乗りたい」

とMちゃんがはしゃぐので、それに乗ることにしました。

「100分待ちだって。大丈夫かな。待てる?」

タロウが聞くと、

「大丈夫だよ」

Mちゃんが答えたので、私達もそれに乗ることにします。 

念の為、事前に皆でトイレを済ませて『フォービドゥンジャーニー』の列に並びました。

 

「ところでさぁ」

タロウが言ってきます。

ハリーポッターってどんな話なの? ハリーさんとポッターさんがコンビ組んで何かする話?」

「何だそのお笑い芸人みたいな設定は? ハリーポッターは一人の少年の名前。魔法世界の主人公だよ」

「ふぅん」

興味ないにも程があるでしょ、と私の突っ込みに、姉一家ばかりか前を並ぶ見知らぬ家族連れまでもが声を上げて笑っていました。

 

 

待ち時間はやはりとても長かったです。

ですが、

「ねぇ、皆でしりとりしようよ!」

とMちゃんが言い出したことで、仲良くしりとりをして過ごす事になりました。

マイペースなタロウが面倒臭がるかと思いましたが、ゲームやスマホを出す気配もなく、楽しげにしりとりに参加しています。

何だか私にはそれがとても新鮮に感じられました。これまで、こういった空き時間に家族皆で何かをして過ごすという事はなかったからかもしれません。

私は読書をし、タロウはゲームをしてそれぞれの時間を潰していました。

長い待ち時間も、皆で何かをして過ごせば楽しい時間へと変貌する。無邪気なMちゃんの提案に、心から感謝したのでした。

クリア~大阪卒業旅行 その③

パーク内に足を踏み入れた途端、ダッシュで園内に向かう人達が多数いましたが、私達は端っこに寄ってタロウの整理券申請手続きが済むのをじっと待ちました。

「あ、ニンテンドーワールドの整理券取れた」

「え、取れたの!? ホントに?」

スマホを操作するタロウに、嬉々として問い掛けます。

「うん、やっぱり朝イチだったからね」

余裕だったよ、とタロウは事も無げに言うや、

「ただ、指定された入場時間までまだちょっとあるから。どこか他に行きたいアトラクションとかある?」

と全員の顔を見回して聞いてきます。

私も姉夫婦も、子供達の喜ぶ顔が見れればそれで充分だと思っていたので特に希望はありません。甥や姪は、アトラクションの知識そのものがない為か、キョトンとしていました。

全員の反応を見て状況を察知したらしきタロウは、

「えっと、じゃあ…」

スマホで園内マップを確認し、

ジョーズ、とかどうだろう? これも人気アトラクションだし。今ならすぐ乗れるみたいだけど」

「おぉ、いいねぇ。ジョーズ!」

以前乗った事がある私は即座に賛成します。姉一家もじゃあそれにしよう、と言いました。

 

 

ジョーズの待ち列は短く、建物内の行列用通路をぐるぐると進んで行きました。

「ねぇ、これってどういう乗り物なの?」

歩きながらのMちゃんからの質問に、「船に乗るんだよ~」と私が答えます。

「船、揺れるかなぁ?」

乗り物酔いしやすい姪はその心配をしていましたが、実際は水の上をレーンで進んで行くだけなので、船酔いはまずしないだろうと微笑んでいました。ですが、ここでその種明かしをするのは興醒めなので黙っている事にします。

「これって、絶叫系? 落ちたり飛んだりする?」

Sくんの不安げな質問に、

「いや、それもないよ」

とタロウが答えます。

「船旅を楽しむ乗り物だから。大丈夫」

と、ネタバレしないよう慎重に従兄妹達に説明していました。

 

 

私達が乗車を促されたのは最前列でした。

「わぁ~。最前列は私達も初めてじゃない?」

「そうだね」

私の言葉に、タロウも楽しげに応えます。

 

やがて。順調かと思われた航行にトラブルが発生し、巨大鮫の攻撃に劣勢となるや、隣のSくんが本気で身を硬くしたのが分かりました。

「大丈夫だよ~」

と手を握ると、反対側に座る姉も自分の息子の手を握っていました。

とある場面で水飛沫がかかり、皆でキャーと、悲鳴とも歓声ともつかない声を上げ、アトラクションは終了します。

 

「いやぁ~楽しかったね!」

「すごい、迫力あった」

と楽しそうな子供達の声を聞いて、なんだか嬉しくなります。

せっかくなので、ジョーズのモニュメントで写真撮影をしました。

 

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「よし、じゃあそろそろ入場出来るよ」

タロウの案内で、ニンテンドーワールドへと向かいます。

「わぁ、いよいよ行けるんだね」

なんだか私まで気分が昂って来ました。

 

 

入り口で整理券の確認をされ、そこを通過するとスーパーニンテンドーワールドの入り口が見えて来ました。

 

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トンネルを抜けると、そこは完全にかのゲームの世界が広がっています。

「わぁ~すごいすごい!」

子供達よりも誰よりも、私が一番はしゃいでいたかもしれません。

数年も前から、タロウが来たいと言っていたニンテンドーワールド。無理かもしれないと諦めかけてもいました。今日この瞬間、そこに入れたというだけで、なんだか感涙にむせびそうにまでなってしまいます。

「ねぇねぇ! 子供達3人そこ並んで~」

そう言って、ゲーム世界を背景に写真を撮ります。

 

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『パワーアップバンド』の売店を指差し、

「これ、買っておいた方がいいよ」

とタロウが言います。

「へぇ~。これって何?」

と姉が聞きました。

「エリア内の色んなゲームが出来たり、はてなブロックを叩くとコインをゲットする音が出たりするアイテム。逆にこれがないと、このエリアはあんま楽しめないかも」

タロウの言葉に購入を決意しますが、お値段は一つ4,400円。

「…こ、子供達の分だけでいいか」

「そ、そうだね。そうしよう」

姉と言い合いそのバンドを購入します。

 

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子供達は嬉しそうに、そこらにあるはてなブロックを下から叩いてコインゲットの音を立てていました。

「じゃあ、アトラクションはどれに乗ろうか?」

とタロウが聞きます。ですが、一番人気の『クッパの挑戦状』は既に100分待ちになっていました。

そこで、待ち時間が比較的少ない『ヨッシーアドベンチャー』に乗ることにしました。

 

 

ヨッシーに乗車するや動き始めます。

「わぁ~すごい! ホントにゲームの中の世界だよ。ねぇ、あのキャラは何ていうの?」

隣のタロウに指差しながら聞くと、その都度キャラクターの名前と特性を丁寧に説明してくれました。

「すごいね~。ゲームの世界がリアルに再現されてる」

ゲームはからきしダメな私でも、マリオは知っています。そんな私ですらこんなにも興奮するのです。ゲーム好きなタロウはもっと喜んでいるのかもしれません。

 

 

アトラクションを降りると、エリア内のあちこちにあるミニゲームに参加しました。

 

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バンドを装着している人限定で参加出来るそのゲームは、クリアする度にキーポイントがゲット出来るというシステムでした。

タロウとSくん、Mちゃんの3人は、協力し合ってゲームをクリアしていきました。

やがてキーポイントが3つ溜まると入場可能なアトラクションに入っていきます。

そこはポイントを溜めたバンド所有者しか入れない所だったので、大人達は外で待機する事になりました。

 

「タロウくんがいてくれて良かったよ」

姉の言葉に、「それはこちらのセリフだよ」と返します。SくんやMちゃんの存在がなければ、エリア内のミニゲームに一人で参加する事も恥ずかしくて出来なかったでしょうし、そもそもUSJに来る事もなかったでしょう。

今を楽しく過ごせているのは明らかに姉一家のお陰なのです。

「いや、だってウチの子達って水と油だから」

二人で何かさせると必ず喧嘩しちゃうのよね、と笑います。

「だから今、タロウくんがウチの子達を面倒見てくれててホントに助かってるよ」

そう言ってもらえてなんだか嬉しくなりました。

 

 

ゲームをクリアした子供達が戻ると、甥も姪も疲れ顔になっていました。 

皆でキノコ模様の椅子に腰掛け休んでいると、

「ちょっと俺、飲み物か何か買ってくるよ」

タロウの言葉に腰をあげかけると、

「いいよ、俺が買って来るから。皆疲れてるでしょ。座って休んでて」

と言い残しショップの列に並んで行きました。

それを聞いた姉とMちゃんも、自分で選びたいからと一緒に並びに行きます。

 

 

『皆疲れてるでしょ、休んでて』、か。

もうそんな事が言えるようになったんだなぁ。

息子の優しさと頼もしさを、ここで改めて実感したのでした。

憧憬~大阪卒業旅行 その②

翌、早朝6時。

ホテルの一室で簡素な朝食を済ませた私とタロウは、大阪駅目指して歩き始めます。

梅田と呼ばれるその辺り一帯は昼夜は多くの人々で賑わうのですが、まだ早朝の為かひっそりと静まり返っていました。

大阪駅から環状線に乗り、西九条駅ゆめ咲線に乗り換え『ユニバーサルシティ駅』で下車します。

 

待ち合わせ場所に、姉一家の姿がありました。

「こんにちは~」

と私が手を振ると、「叔母ちゃーん」と姪っ子のMちゃんが真っ先に抱きついてきてくれました。

「Mちゃん、久しぶり~」

姉とも、「きゃ~」と言い合いながらハグをして、甥っ子のSくんとは「よぉ」とグータッチします。

姉の旦那のAさんには、「どうも、今日はよろしくお願いします」と会釈しました。「いえいえ、こちらこそ」と丁寧に会釈を返してくれました。

隣でタロウも全員に挨拶を交わしています。

 

 

そうして6人で、今回の旅行の目的地、USJ目指して歩き始めたのです。

まだ7時前だというのにチケット売り場は長蛇の列でした。

「事前にチケット買っておいてて良かったね~」

「うん、ホントに」

姉と言い合います。

 

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入場ゲートに並びながら、タロウが全員分のチケットのQRコードを読み込み、公式アプリに登録します。

「入場したら、すぐ整理券取るんで」

「タロウくんホントありがとう。助かるわ~」

スマホを操作しているタロウに向かって姉がそう言い、「私も調べたんだけど、なんかよく分かんなくって」と笑います。

「うん、私もさっぱり分かんなかった」

と私も苦笑しました。

 

 

 

 

USJに行きたいな…」

ポツリとタロウが呟いたのは中学生の時でした。

その頃は、まだ全てが平穏でした。

「じゃあ、中学の卒業旅行ででも大阪行こっか」

とごく気楽に笑い合えていたのです。

ところが、中学を卒業する頃には新型コロナウィルスが蔓延しており、世の中はそれどころではなくなっていました。

その後家庭内でも状況は目まぐるしく変転し、落ち着いた頃にはタロウはもう高校生になっていました。さすがにテーマパークに興味がなくなっている年代だろうと思っていましたが、ある日ポツリと

USJ、行きたかったな…」

と呟いたのです。

「え、じゃあ」

私は即座に言葉を続けます。

「行く? 一緒に」

「う~ん…」

タロウは逡巡しますが、

「いや。さすがにこの歳で母親と二人でテーマパークはちょっと…」

と苦笑されたのです。

まぁ、それもそうかと私も思い、その話はそこで終わりとなりました。

 

 

『ねぇ。じゃあ、ウチと一緒に行かない?』

姉がそう提案してくれたのは、その数日後の事でした。

「え、ホントに? お姉ちゃんの所からだと結構遠くない?」

『大丈夫だよ。私も一度は行ってみたかったから』

行こうよ一緒に、と誘われた事で話が一気に進みました。

タロウにその話を持ちかけると、SくんとMちゃんが一緒なら、と嬉しそうに答えたのです。

 

タロウと二人暮らしになってから、姉一家とはそれまで以上に親しくさせてもらって来ました。

スケジュールを合わせて実家に帰省したり、姉一家の家族旅行に混ぜてもらったり、お互いの家を行き来して泊まり合ったり。

姉宅の飼い犬から私は異常に懐かれ、眼鏡のレンズごと顔をベロベロ舐め回される状況に辟易しつつも、ここはあたたかい家庭だなぁと和んだものでした。

姪っ子Mちゃんは無邪気に甘えてくれ、甥っ子Sくんは少し照れながらも、好きな分野の話を饒舌に語り掛けてくれます。

私はタロウに向けるのと同じように、姪っ子甥っ子の成長も微笑ましく眺めてきていました。

それは一人っ子であるタロウにとっても同様だったようで、僅かなお小遣いから従兄妹二人へのプレゼントを買っては、せっせと贈ってあげたりと、何かと可愛がっているようでした。

 

 

そうしてUSJ行きが決まり、お互いの日程を合わせ、新幹線のチケットや宿を確保するところまでは順調でした。

ところが。

USJのシステムを調べるほどに、混乱していきます。

USJにはワンデーパスの他に、エキスプレスパスというものが存在しているようでした。

タロウや甥っ子が行きたがっているスーパーニンテンドーワールドというエリアは混雑時には入場制限がかかってしまうのです。

ワンデーパスを買っただけでは、アトラクションはもとより、その人気エリアに入る事すらままならないようでした。

予定日は春休み期間の混雑時です。

ならば。せっかく遠方から行くのだからエキスプレスパスとやらを買おうかと調べてみましたが、行く予定日の一番安いエキスプレスパスだけで一人2万2000円もしました。

え、…え?

しかもエキスプレスパスには入場料が含まれていません。という事は、ワンデーパスを含めると一人3万円以上かかってしまう事になります。

私は大阪までの交通費や宿泊費、そして旅行期間中にかかる飲食代やテーマパークでのチケット代をざっと計算し、

「無理だ…」

と諦念を抱いたのです。我が家の経済状況を考えると、そんな贅沢はとても叶いそうにありません。

姉にその旨を伝え、今回の大阪旅行は辞退する方向で話を進めました。

『う~ん…。確かにウチも、全員分のエキスプレスパスとやらを買うのは厳しいけど』

なんせ家族全員分で9万近くもしちゃうしね、と言って少し考えた後、

『ねぇ、ワンデーパスでいいからやっぱり行くだけ行ってみようよ。それで楽しめるだけ楽しめればいいんじゃない?』

姉からの提案で、とりあえずワンデーパスで行ってみることにしたのです。

 

 

その後タロウが、USJについて細かく調べてくれました。

ワンデーパスだけでも、USJ公式アプリからパーク入場後に整理券を取れば人気エリアに入る事は可能らしいとの事でした。

その為には、入場前に全員分のQRコードを読み込んでおいた方がいいとも言われました。

その他にも、開園30分前くらいにはゲートが開けられるから早く行って並んでおいた方がいい事、パーク内での食事事情やトイレ情報、アトラクション情報なども詳しく調べてくれたのです。

『タロウくん色々教えてくれてありがと~。当日はよろしくね』

『いえいえ。自分もUSJが新しくなってからは初めて行くんでざっと調べてみただけで』

『楽しみ』

『ね~楽しみだね!』

姉一家とのグループLINEではそんなやり取りがありました。

 

 

「皆様、お待たせ致しました! いよいよ開園でございます!」

今か今かと待ち望んでいたゲート前の行列に、高らかなアナウンスが響き渡りました。

軽快なファンファーレと共に、ゲートが開かれます。

と同時に、並んでいた人達が次々に入園して行ったのでした。

目当てのニンテンドーワールドには入れるのだろうか? 今日という一日を楽しめるのだろうか?

期待と不安に胸高鳴らせながら、私もゲートをくぐり抜けたのでした。

郷愁~大阪卒業旅行 その①

「大阪…」

「…だね」

新大阪駅のホームに降り立った私と息子は、半ば放心状態でそう呟きました。

立ち止まっている私達に後ろから「チッ」と舌打ちが聞こえたので、「あ、すみません…」と脇にどくと、背広服姿の男性が苛立ったように追い抜いて行きます。

とりあえず進もうか、と目を合わせてホームを歩み始めました。

「いやぁ~。長旅だったなぁ」

伸びをしながら私がそう言うと、

「よく言うよ」

と息子のタロウが呆れ顔で返します。

「新幹線の中でずっと寝てたじゃん」

バレてたか、と舌を出しました。

「大阪、何年ぶりだっけ?」

「さぁ…」

タロウは首を傾げて考え、「5年ぶりくらい?」と答えました。

 

 

今回の大阪行きが決まった当初、私はホテルのチェックイン時間に合わせて夕方に着くよう新幹線のチケットを取るつもりでいました。

でも、

「せっかくだから、大阪に住んでいた時のマンションを見に行ってみようよ」

とタロウが言い出したのです。私は内心「へぇ~」と驚いたものです。

タロウは大阪在住時代はもとより、二人暮らし以前の生活についての話題を持ちかけるだけで、「知らない」「忘れた」「覚えてない」と素っ気なく返して来ていたのです。

私に苦い思い出があるように、息子にとってもまた、触れられたくない過去があるのだろうと解釈し、話題を出さずに過ごして来ました。

今回高校卒業という一つの区切りがついた事で、タロウは過去と向き合おうとしてるのかもしれない。

そう思い、出発を早めて午前中には大阪に到着するチケットを購入したのです。

 

 

大阪市営地下鉄御堂筋線に乗り換え、目的地を目指します。

エスカレーターに乗った際、

「お母さん。右だよ、右」

とタロウから言われ、「あ。そう言えばそうだった」と慌てて右側に寄りました。大阪ではエレベーターは右に寄るルールなのです。

目的の駅に着いて歩き始めると、私達はひたすら「懐かし~い」「変わってないなぁ」と連呼し続けます。

 

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「この道の緩やかな傾斜も、疲れて帰って来た時にはしんどかったよね」

「確かに」

言いながらタロウはぐんぐん進んでいきます。

タロウの後ろ姿を眺めながら、本当に大きくなったなぁと改めて感じました。

先日紳士用スーツの採寸をして貰った際、「あぁ、結構肩幅ありますね」と店員さんから言われたのです。

背も伸び、高校の制服は二回も丈を長く直しました。肩幅もガッチリして、見るからに逞しくなっています。

大阪で暮らしていた時のような幼さや頼りなさはもはや微塵も感じられません。

 

 

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「あぁ~懐かしいなぁ」

「ホントだね」

マンションを見上げながら、

「ねぇ。タロウ覚えてる?」

「覚えてない」

まだ何も言ってないじゃん…と思いつつ、

「2016年の8月1日」

と続けます。

「随分具体的な日付けだなぁ。何の日?」

「タロウが裸足で家出した日」

「覚えてない覚えてない」

「探しても中々見つからなくって、結局警察のお世話に…」

「覚えてない覚えてない。一切、覚えてないっ!」

絶対記憶にあるだろうその態度に、思わず吹き出してしまいました。

 

 

「ほ~ら、キミが野球をしていた校庭だよ~」

小学校のグランドを指差し私が言うと、

「…あんまいい思い出ない」

とタロウが呟きました。

「まぁ、野球は下手…あまり上手くなかったからね」

と苦笑します。

 

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「あぁ~美味しい。色んな所のたこ焼き食べたけど、ここのが一番美味しいと感じてたんだ」

「うん、俺もそう思う」

私もタロウも、たこ焼きの味付けはいつも『塩マヨネーズ』一択でした。

12個入りを一箱買い、ベンチで半分ずつ食べます。出汁がきいていてふんわり柔らかく。中に入っているタコもプリプリでホクホクしながら平らげました。

 

「さて、次は何処に行こうか?」

「ノープラン」

「やっぱ、道頓堀?」

「そうだね」

万博記念公園大阪城通天閣は在住期間中に行っていました。

 

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有名なグリコの看板をバッグに写真を撮り、近くの喫茶店に入ります。お昼はたこ焼きしか食べていなかったので、サンドイッチも頼みました。

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クリームソーダを頼むタロウを見て、少し微笑ましく感じます。

 

「タロウはさ」

卵サンドを頬張りながら、ずっと気になっていた事を聞いてみます。

「出身はどちらですか?って聞かれたら何て答えるの?」

「え~?う~ん…」

クリームソーダのソフトクリームを細長いスプーンで掬いながら、

「別に何処とも」

と答えて口に運びます。

「でも、この先絶対そういう質問はされると思うんだよね。出身はどこか?実家はどこか?って」

「あぁ、まぁ。あえて言うなら『神奈川』だよね」

「うんまぁ、実際生まれたのは神奈川で間違いないしね」

ですが。

タロウは幼稚園から中学校までという、子供時代の大半とも呼べる期間を大阪で過ごしたのです。

その時間が、タロウの人格形成に少なからぬ影響を与えであろう事は確かだろうと思いました。

 

 

タロウが裸足で家出したあの時。

まだ小学5年生でした。私はタロウの友好関係も行動範囲も、全て把握しているつもりでいました。しかも、タロウは裸足で家を出ています。すぐに見付けられるだろうと高を括っていたのです。

ですが、探せども探せども見付かりません。

やむなく警察に通報し、捜索に協力していただきました。

その後30分足らずで保護され帰宅して来ました。

警察の方々に平謝りし、タロウの無事を安堵すると共に、私はタロウの事なんかほとんど理解出来ていないんじゃないか、とその時考えたのでした。

母親は胎内で子を育て、この世に産み出します。そのせいかどうか、良くも悪くも、子供を自分の一部のように捉えてしまう側面があるのです。

 

でも、この子は私の一部のように掛け替えのない存在でありながら、タロウ独自の人格と意思を持っている、とそこで初めて実感したのでした。

 

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夕飯は、551蓬莱というお店で豚まんとあんまん、餃子を買って、ホテルの一室で済ませました。

「やっぱりここの豚まんは美味しいねぇ」

「ホントだねぇ」

言い合いながら、思い出の味に舌鼓を打ちます。

 

「おやすみなさい」

「うん、おやすみ~」

言い合いながら灯を消すと、タロウの静かな寝息が聞こえて来たのでした。

水の侵食~三浦半島ツーリング 後編

荒崎公園は「かながわの景勝50選」に指定された、三浦半島でも指折りの景観を誇る公園です。

私は二輪免許を取得してから、何度もこの公園に走りに来ていました。ここへ来るまでの道のりが楽しいのと、この公園そのものが魅力的だからです。

 

 

私とヨシさんはハイキングコースを歩き、階段を降りて岩場に足を踏み入れます。

「すごい、洞窟になってる」

ヨシさんが空洞になっている岩場を眺めて言いました。

 

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先程購入したコーンポタージュの缶を並べて写真を撮ります。

反対側では釣りをしている人がちらほらいました。

「人がいるってことは、あっちまでは歩けるみたいだね」

ヨシさんが岩場をどんどん進んでいきます。

私も足元に気を付けながら慎重に付いて行きました。

 

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岩場の途中からまた階段があります。

階段を上り、橋に差し掛かると波の動きが良く見えました。

「波が押し寄せてさ。引いていく時に砂がサーっと動いていくじゃん?」

それ見てるのなんか楽しいんだよね、と波打ち際を指差しながらヨシさんが言うので、私も波の動きをよく観察しました。

「確かに」

波が引くと、少し遅れて砂がサラサラと流れていきます。

「小さい頃、砂時計眺めるの好きだったからかなぁ」

ヨシさんの言葉に、私は無言で砂の動きを眺めていました。

 

 

今日の海は至って静かです。

静かに流れ着く波の音は、『ザザッ』というよりも『ちゃぽん』としていました。

波が岩にぶつかるたびに、ちゃぽん、ちゃぽんと音が鳴ります。それがそこかしこで鳴っている為、まるでヒーリングミュージックみたいだと感じました。

 

 

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冬とは思えない陽気を感じながら、辺りを見渡します。

「何度も来てるけど、やっぱりすごい光景だよね、ここ」

切り立った岩が活断層のように尖って重なり合っています。

「この地形は波の影響なのかな?」

私が問うと、

「うん、きっとそうだよ」

ヨシさんが答えました。

「水の力は凄いからね」

静かにさざめく波を眺めていると、この穏やかな水達にそんな力があるだなんて、とても想像がつきませんでした。

 

 

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「おぉ~いいねいいね。富士山もバックに撮れた」

帰りの海沿いに、入っていけそうな砂利道を見付けたのでそこでバイクを並べて写真を撮ります。

「こういう場所に入って来れるのも、セローならではだね」

と言い合い、その場を後にしました。

 

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カフェに入ると、テーブル席に置かれているのはモーニングメニューでした。時刻はまだ午前10時です。

私はフレンチトーストをゆっくり味わいながら「ん~至福!」と頬張ります。

「あ、そう言えばさ」

ヨシさんが、カフェラテを飲みながら言ってきます。

「今度の休み、アメリカン仲間達と一緒に走る事になった」

「あ、そうなんだ~? いいねぇ。楽しんで来て」

バイク歴はアメリカンが主体だったヨシさんは、アメリカンバイク仲間が沢山います。

 

セローが子供に見えるほどのゴツいバイクに跨り、革ジャンやサングラス、ドクロ模様のTシャツにシルバーアクセサリーというイメージですが、彼らは至って気のいい、心からバイクを愛する陽気なライダー達なのも私は知っています。

複数台で走る為のルート決めや美味しいお店のリサーチ、映える絶景スポットの巡り方等、企画を立てるのが上手い人も多いらしく、オフ車とはまた違った楽しみ方があるんだろうなぁと話を聞いて思っていました。

 

一時期私はヨシさんに、私の『お守り』ばかりをさせているようで申し訳ないと考えていました。ヨシさんが色んなバイク仲間の方々と楽しんでくれるようになって、本当に良かったと思っています。

 

 

『じゃあ気を付けて帰ってね~』

「うん、今日はありがとう」

手を振り合って、流れ解散になりました。

 

 

「ただいまぁ」

ヘルメット姿のまま玄関ドアを開けると、「おかえり! ねぇLINE見た?」と息子のタロウがニコニコしながら聞いて来ます。

その笑顔にはなんだか既視感がありました。そう、水泳教室で進級した時、逆上がりが出来るようになった時、テストで満点を取った時。ちょっと得意気ではにかむようなその笑い方。

「え、LINE? ごめん、バイクを運転してたから見てなくって…」

ヘルメットを脱いですぐにスマホを確認するや、息子からのLINEに『合格』の二文字が飛び込んで来ました。

「あっ。受かったの?」

「うん」

「わぁ~おめでとう!」

抱きつこうする私をサッとかわし、

「まぁ、本番はまだこれからだけどね」

とタロウが返しました。

第一志望校は国立大学で、その試験はまだ先なのです。

 

 

予備校はおろか、塾や家庭教師すらつける余裕のなかった我が家にとって、「浪人は無理だ」と伝えてありました。

「うん…。受験したとこが全部落ちたら、お母さんと一緒に山形行くよ」

とタロウは力なく笑ってそう応えたのです。

それでも理系の国立大学を目指すタロウの意思は強固で、独学で必死に学び、『最低でも5校は受験した方がいい』と先生からアドバイスされたにも関わらず、たった3校しか受験の申し込みをしませんでした。受験料を気にしての事なのでしょう。

全滅したら大学生になることすら諦めるしかなかった状況で、滑り止めとはいえ私立に無事合格出来たのは、確かに嬉しいニュースでした。

 

「これで春からめでたく大学生になれることが確定したね…」

感慨深く私が呟きます。

家庭環境の愚痴も漏らさず、倦む事も諦める事もなく勉強に励んできた息子の努力が実った事が、純粋に嬉しく感じられました。

「うん。とりあえずホッとしたよ」

と笑うタロウを見て、今日見て来た波の揺らめきを思い出します。

 

大学に受かってくれたのは心から嬉しい。

だけど…。

息子と一緒に山形に帰れたらと、心のどこかで願っていた自分がいたのもまた事実なのです。

大学生になる事が決まった今、春から離れ離れになる事が決定されました。

 

 

澄んだ海水は静かに岩にぶつかり、ぽちゃん、ぽちゃんと癒しの音を立てます。

でもその水の流れが、長い長い年月をかけて硬い巌をも侵食させてしまうだなんて、一体誰が想像出来るでしょう。

 

 

時間を止める事は誰にも出来ません。

私の人生の中で、最も穏やかで幸福に満ちていた息子との二人暮らし。それが、もう間もなく終わりに近付いています。

 

──ぽちゃん、ぽちゃん。

 

あの心地よい波の音を脳内で反芻させながら、少しずつ、でも確実に形を変えていってしまう事物の摂理に、私は複雑な思いを抱いたのでした。