シフトアップのその先へ

最高の相棒と、どんな道も、どこまでも

絆~大阪卒業旅行 最終話

そうして長時間並んでようやく乗れたアトラクションは、魔法の国で主人公と共に箒で空飛ぶ感覚が味わえる、刺激的で迫力のあるものでした。

私もタロウも歓声をあげながらアトラクションを楽しみましたが、乗り物酔いしやすいMちゃんは具合が悪くなってしまいました。

「大丈夫? どこか休める所を探そうか」

タロウが辺りを見回しますが、どこもかしこもベンチが埋まってしまっています。

朝から入園している人達が、そろそろ疲れ始める時間帯でもあるのでしょう。

「ハリポタエリアが混雑しているから、とりあえずここから出た方がいいのかも」

私の提案に皆が賛同し、Mちゃんに気遣いながらゆっくり歩き始めます。

 

ようやく座れる場所を確保した頃には、MちゃんだけでなくSくんや大人達もぐったりしていました。

タロウだけが平然と公式アプリをチェックしながら、

「この後どうしようか? なんか時間も時間だからか、どのアトラクションも120分とか200分待ちになっちゃってるけど」

と言っています。

皆がげんなりしているのが分かりました。

100分待ちのアトラクションですら疲弊したのです。朝から歩き詰めで、待ち時間も立ちっぱなしでした。

「僕、足がパンパンだよ。待ち時間長いのはもう行きたくない」

とSくんが言います。

タロウは「そっか」と軽く答え、「すぐ乗れるアトラクションとなると…」と調べ始めます。

ですが、待ち時間の少ないアトラクションは幼児向けのものばかりでした。最年少のMちゃんですら、

「さすがにそれは乗らなくていいや」

と言っています。

 

「よし、じゃあもうホテルにチェックインしちゃおうか」

姉の提案に皆が「そうだね」と同意します。

今晩はUSJの提携ホテルを予約してあるのです。

 

「じゃあ、出口に向かう途中にグッズ売り場が並んでるから。そこで色々見て買い物しながらホテルに向かおうか」

タロウの言葉に、皆が賛同して腰を上げました。

と、突然Sくんがタロウに握手を求めます。

「ありがとう。USJに連れて来てくれて」

いや連れて来たのはキミのご両親だけどね、と内心突っ込みを入れます。

「え、いや…」

握手に応じながらも、タロウは照れたように笑っていました。

 

パーク内に流れる賑やかな音楽を聴いて歩きながら、ふと、テーマパークはもしかしたらこれが人生最後かもしれないな、と思いました。

非現実世界を造り上げ『夢の国』を味わわせてくれるテーマパーク。

ですがそれを楽しむ為には、相応のお金と時間と、そして体力が必要になります。

 

若いカップルや友達同士ならいざ知らず。

大人になり、そういった現実に目を向けるようになってしまうと、『子供が喜ぶから』というモチベーションがない限り、足を運ばなくなってしまう人が多いのではないのでしょうか。

少なくとも私はそうなりそうです。

 

 

あぁ。

でも、タロウは違うんだ。

大きくなった息子の背中を眺めながら、私はぼんやりそう考えました。

タロウはこの先、何度でもテーマパークに行くことになるのでしょう。

友達と、彼女と、新しく出来た自分の家族達と。小さな我が子を肩車なんかもしたりするかもしれません。

そしてその幸福の輪の中に、私の存在はもうないのでしょう。

それが自然の摂理です。息子が恙無く成長し、巣立っていく事を素直に喜ぶべきなのでしょう。

ですが、込み上げる感情を抑え切ることが出来ませんでした。

「叔母ちゃん…?」

Mちゃんが私を見上げ、不思議そうに首を傾げていました。

「どうしたの? 叔母ちゃん、どこか痛いの?」

「ううん、大丈夫」

私は懸命に笑顔を作って答えます。

「今日はとっても楽しかったから…」

私の心情を察したらしき姉が、「よしよし」と頭を撫でてくれました。

 

 

保育参観や授業参観、お遊戯会や運動会。

それら数々のイベントでは、どれもひと目で我が子を見付ける事が出来ていました。

私の目がいいからではありません。

タロウが、ソワソワしながら私の姿を探し出し、見付けると満面の笑みで両手を振ってアピールしてくれていたからです。

「こら、タロウくん」

と先生から叱られながらも、それを続けてくれていました。

それをしなくなったのは、一体いつ頃からだったでしょう?

もう、あんな笑顔で私に両手を振ってくれる事はありません。

それどころか、後ろを振り向き懸命に私の姿を探してくれる事すらもうないのです。

タロウはどんどん前へ前へと進んで行き、その目にはきっと、未来しか見えていないのでしょう。

 

 

そう考えていた時、タロウが不意に振り向いて、

「俺、歩くの速い?」

と今更な質問をして来ました。

「あ、そうだね。皆足が疲れてるみたいだから、もうちょっとゆっくり歩こうか」

頷くと、私に歩調を合わせて並んで歩いてくれました。

 

 

姉一家との宿泊は、男性部屋と女性部屋とに分かれました。

女性部屋では「これぞ女子会だぁ!」と酒盛りと女子トークが続き、男性部屋ではゲームが白熱していたようです。

 

朝食は、眺めのいい展望レストランでした。

 

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「ちょっ。そんなに食べられるの?」

タロウが追加で持ってきたデザート盛り合わせに、思わず問い掛けます。

 

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「余裕余裕」

本人が言うように、ペロリと平らげていました。

「タロウくんはよく食べるよねぇ」

姉の言葉に、「ホントに」と私も同意しました。

少食だった幼少時が嘘のようです。

 

 

「じゃあね」

「うん、元気でね」

「色々どうもありがとう」

「こちらこそ」

会った時同様、Mちゃんと姉とはハグをし合い、Sくんにはグータッチ、Aさんには会釈をして別れを言い合います。

「また会おうね。また集まろう」

「うん、また」

タロウもそう言って手を振っていました。

 

 

帰りの新幹線の中で、

『また会おうね』

という姉からの言葉を反芻していました。

『また会おう』『また集まろう』

家族である限り、どんなふうに形が変わっても絆は繋がっているのかもしれない。そう思えました。

 

「大丈夫だよ」

二人暮らしを始めたばかりの頃、よくタロウはそう言って私の背中をさすってくれました。

『大丈夫』である根拠も保証もどこにもなかったにも関わらず、その言葉に私がどれだけ救われて来たか分かりません。

 

「うん、大丈夫」

そう声に出してみて、笑みがこぼれました。

大丈夫、私は大丈夫。

タロウが未来へ翔いてくれている限り。

どうか。

子供達の歩む未来が、明るく優しさに満ち溢れた世界でありますように。