昼食を終えバイクの元に戻った私達は、走り始める準備をします。
「ここからは山道だからね~」
「あ、そうなんだ? なら気温が低いかな?」
「そうかもしれない」
渋滞による暑さからジャケットを脱いでいた私は、積載からそれを取り出し、上に着ます。
走り始めてほどなくして、山道に突入します。
『ジャケット着ておいて良かった~。やっぱり山の中は気温が下がるね』
『うん、涼しいね』
爽やかな風を受けながら走ります。
そうしてのびのびと走っていられたのも束の間、傾斜が激しくなりカーブに差し掛かります。
『180°の急カーブだよ、ちうさん気を付けてね』
『う、うん』
急勾配のヘアピンカーブにビクビクしながら、慎重に上っていきます。
ふと思い出し、ヨシさんに訊ねてみました。
『ねぇヨシさん。この道って国道だよね?』
『そう。国道362号』
『なら、ここって初めて寸又峡にツーリング来た時、帰り道に走ったところ?』
『そうそう。あの真っ暗な中走ったところだよ』
やっぱりそうです。
初めて寸又峡にツーリングに来た時、あちこち寄り道した挙句、寸又峡温泉で入浴までしたものですから、すっかり日が落ちてから帰路に着いたのでした。
山の中を走り抜ける国道362号線には街灯が一つもなく、真っ暗闇の中、連続するヘアピンカーブと急勾配とが続きました。ここを悲鳴を上げながら下って行ったのを覚えています。
『しかも、あの時はまだセローのライトが純正だったから暗かったんだよね。バイク歴も浅かったし』
『そういえばそうだったね。ちうさん、よく走ったよ』
『私、ハイビームもあの時初めて使ったんだった』
そうこう話している間にも、またも急カーブに差し掛かります。
『対向車来てるよ~』
前方を走るヨシさんが教えてくれます。
道幅も狭いので、カーブですれ違うのはとても緊張しました。エンストして立ちゴケしないよう、慎重に半クラッチを駆使します。
『また対向車来てるからね~。2台、いや3台か』
『はーい』
対向車が来る度、ヨシさんが教えてくれます。
道幅は狭く、傾斜もキツい。ヘアピンカーブも多いのに、国道のためかそこそこの交通量があるのです。工事車両も走っていました。
対向車は至近距離ですれ違っていくため、内心ヒヤリとします。
『これ、バイクだからすれ違えるけど、車だったらとても無理だわ』
『そうだねぇ。車だったら待避所がある所まで下がらなきゃいけないね』
『うわ…だいぶ下がらないと待避所なかったよね…』
ヨシさんが思い出したのか、聞いてきます。
『そういえば前回来た時、この道をバスが走ってなかった?』
『あ、そう言えば走ってた! 凄いよ…よくこんな難易度の高い道をバスで走れるよ 』
『バスの運転手さん、プロだね』
『だねぇ』
勾配やカーブだけでなく、路面も荒れていました。ひび割れや陥没もあります。
日が差しているこの時間帯ですら怖いのに、ここを真っ暗闇の中走っただなんて信じられません。走り進めるほどに、この『酷道』の難易度の高さを実感していきます。
あれ? そう言えば…。
『前回ここを走った時は、ヨシさんまだセローを買ってなかったよね?』
『うん、フューリーだったよ』
『だよね。よくここをアメリカンで走ったよね~』
『ちうさんこそ、よく初心者でここを走ったよ』
お互いにリスペクトし合いながら山道を上っていきました。
やがて道幅が広くなり、勾配も緩やかになってきました。
『あ、この橋の上で写真撮る?』
『綺麗な所だね~。うん、撮ろう撮ろう』
ヨシさんが道の端に停めたので、後ろに付けて私も停車します。
「天気もいいから映えるね」
「うん、いい天気で良かった」
空は真っ青。
風も心地よく、愛車も好調です。気分が弾みます。
「じゃ、出発しようか。寸又峡まであと少しだよ」
「うん」
お互いのバイクに跨り、再び走り出しました。