『あとちょっとで着くからね~』
『うん』
国道362号線の峠道を走りながら私達は、そんな会話を交わしました。
途中、車一台分しか通れないくらいの道幅があり、双方向譲り合いながらの箇所もありましたが、目的地が近付くにつれ次第に道幅は広くなりました。
やがて駐車場が見えてきます。誘導案内の方から、バイクはあちらと指示されたので、私達は砂利の敷き詰められた駐輪場に入り、バイクを停めました。
ヘルメットを外しながら、
「前回来た時と違う場所に停めたね~」
と言いました。
「ホントだね。ここは前からあったのかな? バイク専用の駐輪場があったなんて知らなかった」
「だねぇ」
私達の隣に、2台の大型バイクが滑り込んできて停まりました。一台はハーレーダビットソンです。あんな大きなバイクであの峠道を越えて来たのだと思うと、感心せずにはいられませんでした。
挨拶をすると、お二人は名古屋から来たのだと言いました。
バイクから降りると風が当たらなくなるので、暑く感じます。
着ていたジャケットと、パーカーを脱ぎました。
変えの靴を持って来ていないのでブーツだけはオフブーツのままですが、それでもかなりの軽装になります。
バイク駐輪代は一日で200円だそうです。ボックスに料金を入れ、歩き始めます。
ここから目的地までは、徒歩約30分くらいかかります。
「いやぁ、爽やかな風だねぇ」
「そうだねぇ。空気が美味しい気がするよ」
山と緑に囲われたその温泉郷は、深呼吸をするたびに身体の内側が浄化されて行くようでした。
トンネルを抜け、階段を下り、やがて渓谷が見えて来ました。
「わぁ、やっぱり景色が綺麗だね~」
写真を撮りながら私が言うと、「ほんと。水が真っ青だよね」とヨシさんが同意してくれます。
坂道を下り、階段を降りた先に目的の吊り橋が見えてきました。
『夢の吊り橋』です。
風が吹く度にゆらゆら揺れています。
「よし! じゃあ今回は俺が先に行くよ」
前に来た時は私が先を歩いたのですが、今回は入れ替えるようです。
「うん、どうぞ~」
先を歩くヨシさんが、「ひぃ~」「怖い~」「揺れる~」と喚きながらノロノロ進むのを、笑いながらついて行きます。
「あ、でもほらヨシさん。景色綺麗だよ~」
吊り橋の中ほどで立ち止まり、見渡しながらそう言います。真っ青な澄んだ水の真上です。四方は迫力ある渓谷に囲われています。
写真を撮りたいと思いつつも、こんな場所で携帯電話を落としてしまったら回収は不可能なため、それは断念しました。その代わり、よく目に焼き付けておきます。
「景色見てる余裕なんかないっ」
「あはは、そっか~」
橋の上を歩き進め、「あと少し」「もう少し」と言いながらようやく吊り橋を渡り切りました。
「終わった~」
とヨシさんが息をつくところへ、「いや、でも問題はここからだよ」と私が言います。
吊り橋は一方通行、渡り切ったら歩いて渓谷を戻らなければいけません。
『ここから304段の階段があります』
という看板を横目に、私達は一段一段を踏みしめながら登っていきます。
水分補給をしながらマイペースで進みました。
「あ、あそこで終わりっぽいよ」
「おぉ~あとちょっと」
ようやく到達しました。ベンチに座って汗を拭いながら水分補給をします。
「ふぅ、やっぱり前回来た時より体力落ちてるわ、私」
「そう?」
「うん、前回は喋りながらでも余裕で登れたんだけどな~」
体調を崩した為、体力がガクンと落ちてしまいました。以前は余裕で出来たことが、今の私にはハードルが高く感じ、そのたびに落ち込みそうになります。
「でもまぁ、これから少しずつ体力戻していけばいいんだろうしね」
立ち上がり、歩き始めます。
「風が気持ちいいね~」
「うん、涼しい」
「前に来た時にはさ」渓谷を見下ろしながら私が言います。
「もっと暗い気持ちでここを見下ろしてたんだよね」
「そうなんだね」
「うん、だから今、こうやって前向きな気持ちでここに来れて良かったと思う」
「そっか、それなら良かった」
バイクの元に戻ると、ちょうどお隣のハーレー乗りさん達も戻ってきました。
「歩きました?」
「歩きました~。いやぁ、いい運動になりますね」
「確かに」
ハーレー乗りさん達は颯爽と準備し、走り去っていきました。
私達も出発の準備をします。脱いでいたパーカーとジャケットを着込みます。
「帰りも安全運転で行こう」
「うん!」
今回のツーリングは美味しいものを食べ、酷道に怯え、美しい渓谷を眺めながら吊り橋を渡りました。
素敵な体験をさせてくれた愛車、セローに感謝しながら、帰宅の途に就いたのでした。