5月最終週の週末、朝靄の抜けきらぬ時間帯に目覚めた私は、起き上がりせっせと出発の準備を始めました。
薄手のシャツを二枚、その上にパーカーを一枚重ね、更にジャケットも一枚羽織りました。下も重ね穿きをします。
日中は25℃まで上がりますが、朝晩は冷える予報なのです。何枚も重ね着して、体温調節出来るようにしました。
セローに荷物を積載して、軽く暖機運転させます。
──さて、出発だ。
朝の新鮮な空気を吸い込みながら、ヘルメットを被り、走り出します。
「おはよう」
赤色のセローに跨ったヨシさんが、隣に滑り込みながらヘルメット越しに挨拶してくれました。
「おはよー。やっぱり朝はちょっと冷えるね」
「だねぇ」
インカムを繋げ、いよいよ寸又峡へ向けて出発です。
そこへは過去二回ツーリングに行ったことがありました。奥まった地形と大自然に囲まれた絶景とに魅了された私は、また今回も引き寄せられるようにツーリングを決行したのでした。
ですが、過去二回と今回のツーリングとでは、大きな違いがあります。
『ちうさん、246に入るよ~』
『はーい』
合流して、国道246号線へと入ります。
そう、今回は完全下道で向かうことにしたのです。高速道路を使ってサッと目的地に向かうのも楽しいのですが、今回は道中の景色ものんびり楽しみながら向かいたいと思ったのです。
『ありゃ、渋滞してるわ』
ヨシさんの言う通り、前方の車の速度が大幅にダウンし、やがてノロノロ運転になりました。
『渋滞は仕方ないけど、風が当たってないとどうにも暑いねぇ』
重ね着していたジャケットの、チャックを胸元まで引き下ろしながら言いました。日が差してきたので、停まってしまうと暑さを感じるのです。
『大丈夫? 次、コンビニがあったら停まって脱ごうか?』
『そうだね、そうしようかな』
水分補給と体温調節をこまめに挟みながら、渋滞に巻き込まれながらものんびりと進んでいきます。
やがて国道一号線、静清バイパスに入りました。
『すごいこの道。まるで高速みたい』
思わず感嘆の声を漏らします。直線の道路を滑らかに進んで行くのです。
『そう、この道、昔は有料だったんだよ』
『へぇ~そうなんだね』
片側二車線もある広く走りやすい道路。ここが無料で走れるだなんて、なんと有難いのだろうと思いました。
左手に海を眺めながら走り進めます。
『次の信号を右に曲がるね~』
『はーい』
羽鳥IC交差点を折れ、国道362号線に入ります。藁科街道です。
『ちょっと早いけど、お昼にしない?』
ヨシさんの言葉で時刻を確認すると、午前11時過ぎでした。
『うん、そうしよう』
空腹を感じていたのも確かですが、この辺りで食べておかないと飲食店がなくなってしまうからです。
『じゃあ、もうちょっとしたらオクシズ駅って所があるから、そこで停まろう』
『え、うん』
オクシズ駅?
と思いながら同意します。
オクシズとは、静岡中間地の総称で、奥静岡の愛称のことを言います。大きな山々と豊かに流れる川に囲まれ、ゆったりした時間の流れの中で昔ながらの生活が営まれている所なのです。
そんなオクシズですが、『オクシズ駅』なるものが存在していることを今日初めて知りました。
オクシズ駅の『わらびこ』でバイクを駐輪させました。
ですが、オクシズ駅の中には飲食店はなさそうです。
「あ、あの蕎麦屋さんに行こうよ」
ヨシさんが指差した先に『茶そば』と銘打たれた登りが掲げられています。オクシズ駅わらびこの、道路向かいにあるお店でした。
店内に入ると、男性店員さんが柔らかな声で応対してくださいます。
「わぁ、なに食べよう?」
メニューを広げながら言いますが、ランチメニューは茶そばのザルか、山菜茶そばの二つしかありませんでした。
とりあえずそれを注文する事にします。
「ねぇ、この『抹茶チョコフォンデュ』ってなんだろう?」
「なんだろうね?」
「気になる~」
「じゃあ、それも注文しよっか」
「うん」
そして運ばれてきた山菜蕎麦。山菜の風味が豊かでした。
「では、チョコフォンデュの用意を致しますね」
店員さんが食器を下げながら言います。
「はい、お願いします」
運ばれて来たのは、焔に炙られた抹茶色のチョコレートと、お団子やマシュマロ、シフォンケーキでした。
初めて食べるデザートに緊張します。私は恐る恐るお団子を手に取り、熱された抹茶チョコレートに浸して口に入れました。
「何これ? 超美味しい!」
「そうなの?」
ヨシさんも、同じようにお団子を浸して口に入れます。
「うわっ。うま!」
「でしょ?」
二人で顔を見合わせ満足気に笑いました。
さすがお茶どころです、抹茶の風味が豊かでした。チョコレートにされ熱されていても、その風味が衰えることは全くないのです。
お団子も、注文が入ってから焼き上げたものらしく、柔らかでモチモチしていました。
「あぁ~今日来て良かったわ~」
「あはは、それは良かった」
その地の美味しい物を食べるのも、ツーリングの醍醐味なのだと改めて思いました。