『なんだ、結局海沿いに出るならいつものルートで良かったじゃん』
前方のフューリーに跨るヨシさんに言うと、
『確かに。あのクネクネ道はなんだったんだ』
と笑いながら応えました。
『もぉ~グーグル先生に騙された』
『だねぇ』
二人で笑い合います。
それは11月初旬のとある平日。
私とヨシさんは早朝に待ち合わせて静岡、山梨方面へのツーリングに向かいました。
クネクネとした住宅街を抜け、渋滞や信号待ちで時間を費やされたというのに、結局いつもの知ってる国道に出たので上のような会話になったのです。
国道一号線を下り小田原を抜け、やがて箱根方面へと向かいます。
『ちょっと冷えて来たね』
『だねぇ』
山道を上っていきました。
今日は天気も良く、気温20度を超える予報でした。気持ちのいい秋晴れです。
ですが山の中ともなるとひんやりとした冷気が漂っています。
『ちうさん大丈夫? 寒くない?』
電熱線で身体を温めているヨシさんが聞いてきます。
『あ、うん。大丈夫』
実際、冬装備で来たのでホカホカしていました。
『それより、この道ちょっと怖いかも…』
そこは舗装路ですが、細くガタガタの山道。久方ぶりのツーリングとなる私には、どうしても怖く感じられたのです。ですが、今日のヨシさんはセローではなくフューリーです。大型のアメリカンが先を走っているのなら大丈夫だろうという安心感もありました。
急勾配と大きなピストンカーブを乗り切るフューリーを追いかけながら、
『相変わらず。よくこんな道をアメリカンで走れるよね~』
私が言うと、ヨシさんは『はは』と笑いました。
『でも、紅葉が綺麗かなぁと思って山道を走るルートにしたのに、杉の木ばっかりで紅葉は全然だなぁ』
『あー確かに』
紅葉狩りも兼ねたツーリングだったので、そこは少しだけ残念でした。
やがて芦ノ湖スカイラインに入ります。
『ここ、私は初めて走るよ』
『あ、ホント? 綺麗な道だよ』
ヨシさんが言うように、本当に景色の綺麗な道でした。信号もないので滑らかに走り抜けます。
芦ノ湖スカイラインを出て一般道に入ると、またも険しい山道です。慎重に走り進めます。
そして到着した三国峠。
富士山が少し雲を被っていましたが、綺麗に見えました。
「よし! じゃあ目的のほうとう屋さんに行こう。あと一時間だよ」
ヨシさんがナビを見ながら言います。時刻は11時半。着く頃にはちょうどお昼時です。
「良かったぁ。もう私、さっきからお腹空ちゃって」
「え、あと一時間も大丈夫? 空腹でイライラしてない?」
「…人を何だと思ってるの?」
ともあれ出発し、山中湖方面へバイクを走らせました。
山中湖周辺に着くと、木々が黄色や紅に染まっていました。
『うあ~こっちの方が紅葉が綺麗だねぇ』
ヨシさんが少し悔しそうに言います。紅葉を求めてあえて遠回りをして山道を走ったのに、目的地周辺の方が綺麗だったからでしょう。
『だねぇ。でもどちらにせよ、この辺では写真は撮れなさそうだね』
観光地だからか道は混雑していました。その美しい光景を、目に焼き付けておきます。
目的のほうとう屋さんは行列していました。
通常のツーリングならば別のお店にしたかもしれませんが、今日はほうとうを求めてのツーリングだったので、並ぶことにします。
「だって、もう口の中が完全にほうとうになっちゃってるもん」
私が言うと、
「あぁ、それは確かに」
とヨシさんが笑いながら同意してくれました。
40分ほど待って席に通されます。
やって来たほうとうは芋もかぼちゃもゴロゴロ入っていて、食べ応えがありました。身も心も満たされます。
「じゃあ、ぼちぼち帰ろうか」
「うん」
バイクへ戻ると、脱いでいた冬装備をまた丁寧に身に着けていきます。帰りは高速を走るので、風が当たり身体が冷えることが予想されるからです。
『あ、ここで写真撮ろうよ』
車通りの少ない小道を走りながらヨシさんが言ったので、
『うん、そうだね』と同意しました。
ヨシさんのフューリーの後ろに、私のセローを停めます。
「秋っぽい景色がようやく撮れた」
「おぉ~確かに」
遠回りをして、行列に並び、目的のものは思い通りのタイミングでは得られなかったけれど。
それでも『秋』を堪能出来る、素敵なツーリングとなりました。
帰り道。
ヨシさんの後ろ姿を眺めながら、
『なんかさ。バイクに乗ってると、未来のことを前向きに考えられるんだよね』
ポツリとこぼしました。
ヨシさんは笑うでもなく、ただ『そうだね』と応えてくれました。
楽しむことに罪悪感を覚え、長くセローに乗れなかった年月。それでも私は外の景色を夢見ていました。
セローに跨り流れゆく景色は常に移り変わり、いつだって私を悦びと感動の渦に誘ってくれます。
『長かった…』
苦しかった日々を思い出し、少しだけ胸がチクリと痛みます。
『けど私、バイクに乗ってて良かった』
『うん』
分かるよ、と言うようにヨシさんが静かに応えてくれました。
『これから、もっともっと楽しもう』
『うん』
この先にセローがいてくれる。
それだけで明るい未来を想像出来たのでした。