シフトアップのその先へ

最高の相棒と、どんな道も、どこまでも

小さな鍾乳洞の探検

『ちうさん、セローはもうどのくらい乗ってない?』

「え?…っと。7月のオイル交換の時以来だから、かれこれ2ヶ月くらい…かな?」

ヨシさんからの質問に、考えながら答えました。

 

それは9月下旬の事でした。

今年の7、8月は異様な暑さに見舞われた為、私は必要な外出時以外、空調のきかせた部屋に籠もりきりになってしまったのです。

『あぁ…。それ、バッテリー上がっちゃってるかもよ』

「えぇっ!? そんなすぐ上がっちゃう?」

『エンジンかけてみた方がいいよ』

「う、うん」

電話を切ると、私はすぐさまセローのカバーを外し、エンジンスイッチを押してみました。キュルキュルする事なく、エンジンはすんなり掛かります。

良かった、とホッとひと息。

ふと見ると、セローのボディに蜘蛛の巣が張ってありました。

「セロー、なんかごめんね…」

引きこもっていないでそろそろ走らせよう、と決意出来たのは、爽やかな秋の風が吹き始めたからでもありました。

 

 

『高速なのに安全運転だなぁ』

「あ、ホントだ」

ヨシさんの言葉でセローのメーターを確認すると、速度はわずか50km/h弱しか出ていません。

『まぁ混んでるししょうがないねぇ』

「だねぇ」

 

八王子西インターで下りると、街中をゆったり進んでいきます。

やがてのどかな山道へと差し掛かりました。

『さぁ、いよいよだよ』

「うん」

向かっている目的のルートは、ヨシさんがマップで見付けた面白そうな林道でした。

林道とはいえ舗装路の為、ヨシさんは今日アメリカンバイクのフューリーで来ています。

『あ、ダメだ』

角を曲がって、いよいよ林道に突入しようという箇所で、ヨシさんがブレーキをかけて停まります。

 

 

f:id:qmomiji:20230926101648j:image

 

 

通行止めです。

『関係者以外立ち入り禁止』の文字を目にしたヨシさんが、「俺も関係者になりたいよ」などと意味不明なことを呟きましたが、どうしようもないので引き返すことにします。

 

 

『いや~、残念だったな。面白そうな林道だったのに』

「ホントだねぇ。でもまぁ、それもツーリングの醍醐味だよね」

『お、いい事言うねぇ』

冒険気分で細く荒れた道を走れるのがバイクのいい所ですが、その分通行止めや迂回路を指示されることも少なくありません。

それも含めてツーリングの楽しさだと思ってます。

 

 

次なる目的地はあきる野市にある鍾乳洞です。

「ここ、ホントに東京都なんだよね…?」

見渡す限りの緑豊かな山道を走りながら、思わず呟きます。バイクに乗るまで知りませんでしたが、東京も、外れに来ると自然が豊かなのです。

 

 

二股を折れると、道は更に細くなり、苔や陥没、落石も目立ちました。本当にこの先、鍾乳洞なんてあるのだろうかと不安になるほどの悪路でした。

『おわっ、砂利道だ』

「えっ、大丈夫?」

フューリーで砂利はさすがに大変なのではないかと気を揉みましたが、ヨシさんは難なく進んでいきます。

 

砂利道を抜けけると、

『あ』

ヨシさんが停まり、前方にある注意書きを読み上げます。

『この先車は曲がり切れないため、ここからバックで進むこと、だって』

「え、フューリーちゃん行ける?」

『多分』

道はヘアピンカーブよりキツい180°ターンの急勾配。ヨシさんはフューリーを何度か切り返しながら、その折り返し地点を突破しました。

セローは一発で曲がり切れたため、小回りのきく我が愛車に改めて感謝の念を抱いたのでした。

 

 

やがて『三ツ合鍾乳洞』に到着します。

駐車場らしき広場にバイクを停め、ヘルメットを脱ぐや辺りを見回します。

「のどかな所だなぁ」

「ホントだねぇ。それに、涼しい」

 

 

『おつかれさまでした。鍾乳洞はこの上です』

と書かれた看板の下に、小さな階段があります。その階段を上ると、

「こんにちは~」

と男性が挨拶して来てくれました。私とヨシさんが挨拶を返すと、鍾乳洞の観覧料と、鍾乳洞内部の説明をしてくれます。

「中は暗いので、この懐中電灯を持って行って下さい。あと、二階部分にはコウモリがいます。ここにしか生息していない貴重なコウモリなんですよ~」

私達が「へぇ~」と感心します。

「間近で飛び交うのでちょっとビックリするかもしれませんが、襲ってきたりはしないので怖がらなくても大丈夫です」

その他、鍾乳洞の大体のルートや観覧にかかるおおよその時間なども丁寧に説明してくれます。

「では、行ってらっしゃいませ」

と笑顔で送り出してくれました。

他のお客さんはいないようでした。

 

 

f:id:qmomiji:20230926110241j:image

 

中に入ると、鍾乳洞特有の雫がポタポタと頭に落ちてきました。

懐中電灯で照らされた鍾乳石たちは、独特の形状を保ちながら存在を誇示していました。

「低いよ。ちうさん、頭気を付けて」

「うん」

ヨシさんの言うように、天井が低くなっていきました。日本人女性の平均身長しかない私でも、屈みながらでないと歩けないほどです。

 

 

やがて簡素な階段に差し掛かります。

梯子みたいに急な階段を、恐る恐る登っていきました。

「あっ、本当だ。コウモリだ」

先に階段を登り切ったヨシさんの声が聞こえます。遅れて私も到着すると、確かに何匹かのコウモリが飛び交っていました。

「わぁ…すごい」

事前に危険性はないと説明を受けていたからでしょう。不気味に感じるどころか、このコウモリ達も鍾乳洞の一部のように感じられたのです。

 

 

通路がどんどん狭くなっていきます。天井も低いため、ずっと屈みながら進んで行くことになりました。

「これ、大柄な人だったら通れないんじゃない?」

私の言葉に、

「確かに。背の高い外国の人も難しいかもしれないね」

ヨシさんが応えます。

「あっ、もしやあそこが出口かな?」

ヨシさんの指差した先に、外の光が入り込む穴がありました。

 

 

「あぁ、ここに出るのかぁ」

先に外に出たヨシさんが言いました。追い付いた私も洞窟の外に出ます。ずっと屈めっぱなしだった腰を、ここでようやく直立させる事が出来ました。

 

柵の外を眺めると、ずいぶん高い所に来ていました。下には先程の受付と、その更に下には駐車場が見えます。

私達のバイクが目に入りました。

 

 

鍾乳洞は出ましたが、そこから更に登ります。

地表に出ている鍾乳石が見られるとのことだったからです。『ここから先は険しい為、お子様やお年寄りはご遠慮下さい』との注意書きに不安になりますが、歩みを進めます。

「崖だ」

「崖だね。私のオフブーツで大丈夫なのか、ちょっと心配だよ」

 

 

f:id:qmomiji:20230926113935j:image

 

道なき道を進み、件の鍾乳石にたどり着きました。

見上げる程に高いそれを眺めながら、この形状になるまで一体どれほどの年月がかかってきたんだろう、と思いを馳せました。

 

 

f:id:qmomiji:20230926123244j:image

 


f:id:qmomiji:20230926123248j:image

 

撮影会さながらに、両バイクの写真をひとしきり撮るや、帰路につきました。

 

『ちうさん、今日も楽しめた?』

「うん」

『規模は小さい鍾乳洞だったけど、結構見所がたくさんで面白かったよね』

「そうだねぇ。さながら『洞窟探検隊』になった気分だった」