シフトアップのその先へ

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性差の悖理~三浦半島ツーリング 前編

今年の冬は、バイクのバッテリーメンテや私自身の運動不足解消も兼ねて、江ノ島へのツーリングが主流となりました。江ノ島内の階段を行き来したお陰で足腰は鍛えられましたが、ツーリングが少々マンネリ化していた感は否めませんでした。

なので、今回は少しだけ行き先を変えることにしたのです。

それは2月三連休の最終日。

早朝に合流した私とヨシさんは、インカムを繋いで走り出します。

 

 

『お~サブい。電熱線あって良かったよ』

「大丈夫? ヨシさん朝早かったもんね」

毎回夜明け前から走り始めているヨシさんにとって、電熱線は欠かせないアイテムのようでした。

 

 

国道476号線から134号線に入り、海沿いに出ます。

『いや~。やっぱ海はいいねぇ』

ヨシさんの言葉に同意します。

今日は波も静かで、海面がキラキラしていました。時間帯も早いので、道も空いています。

そうして伸びやかに走り進め、三浦半島に入りました。

『この辺、前にソフトクリーム食べた牧場の近くだよね』

「あぁ、そうだねぇ」

今回のツーリングでも食べに行こうかと考えていましたが、残念ながら今日は定休日だったのです。

そこを通り過ぎ、細い小道に入り込んでいきます。

 

『さぁ、始まるよ』

「ううっ。大丈夫かなぁ?」

これから始まるダートに身構えてしまいます。

ヨシさんが調べてくれていた通り、その砂利道は比較的フラットでした。このくらいなら大丈夫、と安堵しながら進みます。

 

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やがて、強固なゲートで道は閉ざされていました。

『う~ん、やっぱりそうか』

神奈川の林道は不法投棄対策で、関係者以外が立ち入れないよう固くゲートが閉ざされている事が多いのです。

やむなく引き返す事にします。

「え、待って…」

周囲を見回し私がたじろぎます。

「この道幅でUターン出来る?」

 

ヨシさんは降車すると、セローの車体を持ち上げ、スタンド部分に重量を載せるや、そこを起点にくるっと方向転換していました。

私もその真似をしようと試みますが、スタンドに重量を載せるどころかセローをほんの少しだけ持ち上げる事すら出来ません。

「あ~大丈夫大丈夫。俺がやるから」

とヨシさんが同じ方法であっさり方向転換してくれました。

むぅ…。としつつも、

「ありがとう」

とお礼を言います。

『よし、じゃあ行こうか』

「うん」

 

 

走り始めてしばらく、考えに耽っていた私はおもむろに口を開きました。

「ねぇ。何故人類は女性の方が力が弱いんだろう?」

『どうした急に?』

「だって…」

まだ頭の中でまとまっていない考えを、整理しながら話しました。

「だって、男性の方が力があるが故に性的暴行という犯罪が起こってしまうんでしょ。男性の側は性行為によって妊娠することは絶対にないのに。何故子を孕む女性の方が、力が弱く出来ちゃっているんだろうと思って」

『あぁ、カマキリとかはそうだよね。雌の方が身体も大きく力が強い。雄は雌に選ばれる立場だ』

「でしょう? それが理想的だよねぇ。確か、熊もそうだよね」

以前動画で見た熊の生態を思い出しながら話します。

「熊は交尾すると、雌は雄とは別れ一頭で出産と子育てをするんだよね。そして雄熊は、そんな雌熊と交尾したい一心で、邪魔となる小熊を殺そうとするんだって」

雄熊、ほんっと最低だな…。と内心付け加えます。

「雌…母熊はね、小熊を守るために雄と必死で闘うんだよ。それこそ死に物狂いで」

私が動画で見たその雌熊は、雄を撃退し、我が子と自身の貞操を見事守り抜いたのでした。

「何故人類の女性にもそんな力が付与されなかったんだろう? 自分の身や我が子を守り抜く為に、男性に匹敵するほどの力が備えられていれば良かったのに」

『う~ん、何でだろうね?』

首を傾げるヨシさんの後ろ姿を見ながら、以前筋トレや総合格闘技で身体を鍛えていた時のことを思い出しました。

どんなに鍛え、どんなに追い込み高重量のバーベルが上げられるようになって喜んでも、それは精々一般男性の平均レベルにすぎなかったのです。

格闘技でも、私がどんなに必死に鍛錬を積んでも、所詮男性には敵いませんでした。

そもそもの身体の大きさ、体重そのものが全然違うのだということを痛感させられただけとなったのです。

 

 

先程セローを軽々と持ち上げたヨシさんも、特に身体を鍛えているわけではありません。

何故私が全力になってもビクとも動かなかったセローを、そんなヨシさんが軽々持ち上げられたのか。

なんだかそれが、とても不条理な事に感じられたのです。

 

 

『さぁ、着いたよ』

目的地、荒崎公園に到着します。

バイクを停めて降車するや、身につけていた装備品を外します。

ヘルメットを脱いだ途端、顔面と頭部に冷気を感じ取りました。

「寒いね~」

「だね。なんかあったかいの買おうか。ちうさん何がいい?」

自販機を前に尋ねるヨシさんに、「これかな?」とコーンポタージュの缶を指差します。

「お、いいねぇ。俺もそれにしよ」

あたたかい小さな缶をそれぞれ両手にくるみ、歩き始めます。

「大丈夫? 足元悪いから気を付けて」

振り返りながら言うヨシさんに「うん」と頷きながら、『違う』と不意に気付きました。

 

 

私は男性よりも力が弱いことを嘆きたかったんじゃない、と思ったのです。

 

ヨシさんと知り合うまで。

参加したマスツーリングにいた男性ライダーから自宅近くまで勝手に付いて来られたり、ツーリング先で声を掛けられ3時間も時間を取られたりした事がありました。「ではそろそろ」と別れの言葉を何度口にしても、その男性ライダーは中々解放してくれず、ひどく困惑し、そして恐怖したものです。

 

「なら、一緒に走りましょう。困った事があったらいつでも頼って」

そう言ってくれたヨシさんと出逢い一緒に走るようになってから、そんな怖い思いをする事はピタリとなくなりました。

それどころかさっきのように、セローの取り回しで困った時にはさっと助けてくれるようになったのです。

 

 

山形に帰ったら、私はまたソロで走る事になるんだ──。

私のツーリングの要とも言えるヨシさんとは、もう一緒に走れない。

その現実に、不安で押し潰されそうになっていました。