ダートに入った途端、振動が身体中に伝わってきました。
『…あれ? ここ、こんなだったっけ』
『ん?』
私の呟きに、前方のヨシさんが首を傾げる素振りをしました。
前回ここを走った時には初心者向けのどフラットダートだと思っていたのに、今は砂利による振動が強く感じられたのです。
『なんか、前回走った時より怖く感じるから』
でもそれは、この道の状態が変わった訳でないのは分かっていました。私が数ヶ月ぶりにダートを走っているから、怖く感じているだけなのでしょう。
『あ、ちうさん。後ろから車来てるからね』
『え、あ。そうなの? うん、分かった』
立ち乗り姿勢でミラーが見えず後方を確認出来なかった私は、ヨシさんの指摘により道端に寄ります。
待ちかねたように、乗用車が私達を追い抜いて行きました。乗用車の立ち上げる砂煙が、私達に容赦なく降りかかります。
『うわっ、砂煙すごいね~』
ヨシさんのセリフを私は半ば無視してしまいました。
私は砂煙どころではなく、オフロードを走る感覚を取り戻すのに必死でした。
2台目の乗用車から追い抜かれるやほどなくして、舗装路へと出ます。
『あぁ~、なんかダートは充分満足したって感じ』
私のセリフに、
『ホント? なら良かった』
とヨシさんが応えます。
『物足りないって言われたらどうしようかと思った』
あともう一本林道を走るそうですが、そちらの距離はそう長くはないそうです。
『あ! てことは、前回Kさん達と走ったあの林道にも行くの?』
『うん、でもちょっと別の経路にしようと思って。あのガレてた場所は怖いでしょ?』
『そ、そうだね…。ありがとう』
前回Kさん達と走った時、短い距離でしたが少しガレていた部分があったのです。その時も怖いと感じたので、今の私であそこは到底無理だと思いました。
ヨシさんはそれを見越して、そこを走らず済むようルートを考えてくれていたようでした。
『なんか、ありがとうね。そこまで考えて貰っちゃって』
『いいんだよ』
道は再びダートに入ります。先程よりも砂利が大きく、アップダウンもあります。ですがガレ場や陥没もなく、感覚を取り戻して来たのもあり、だいぶゆとりを持って走る事が出来ました。
『前回はこの辺りで写真撮ったよね』
『あ、そうだねぇ』
『あの時は富士山が綺麗だった』
『あれ? そう言えば富士山は?』
言って富士山の姿を求めて見回すも、頭上の空はすっかり雲が厚くなりそのシルエットすら見えません。
少しだけガッカリしながらも、道端にバイクを停めてまた写真を撮ります。
これはこれで素敵な写真が撮れました。
走り出してしばらくすると。
『あっ』
『ちょっ…急に止まんないでよ!』
停止したヨシさんの後ろで私は、タイヤを滑らせながらなんとか停まり、キレ気味に怒鳴りました。
『全然急じゃなかったんだけどなぁ』
笑いながら言ったヨシさんが、『ところであれ、どう思う?』と前方を指差しながら聞いてきました。
見ると、大きな水溜まりのような、走行が困難と思えるような情景が広がっていたのです。
『あれは…私、無理かも』
『ちょっと俺、見てくるよ』
走り出したヨシさんが、『ちうさんはそこで待ってて~』と言ってきました。
『あ、全然大丈夫だよ。これ、アスファルトだった』
ヨシさんの言葉に安心し、私もバイクを走らせます。どうやら、部分的にアスファルトが覆っていた為、光の反射で水溜まりのように見えていたようでした。
一寸先には何があるのか分かりません。
ヨシさんが先導でこうしてフォローしてくれたので、私も安心して走る事が出来ていました。
あ、でも。
さっき怒鳴っちゃったのは悪かったなぁ。私が車間距離を取ってなかっただけなのに。
脳内で反省しつつも、結局謝るタイミングを逃してしまいました。
その後。
砂地にタイヤが取られそうになりパニックになったり、照明のないトンネル内での凹凸に悲鳴を上げながら走ったりと、騒々しくツーリングは続きます。
『じゃあ、ダートはここまでだよ~』
『あ~良かったぁ』
心の底からホッとしながら私が言います。自分で言っておいて、吹き出してしまいました。
『私、嫌いなんかなぁ? オフロード』
ヨシさんが笑いながら賛同します。
『まるでそうっぽい言い方だね』
ダートに入る前は気が重くなり緊張し、走り出してからは恐怖しあらゆる物事に警戒し。ダートはもうこれで終わりだと聞くと心の底から安堵します。
そんなに嫌ならば走りに行かなければいいのに、何故かまた走ってしまっているのです。
度胸試しがしたいわけでも、刺激を求めている訳でも決してないのです。
ただ私は純粋に、セローと共に走りたいのでしょう。セローが走れる道を、オフ車じゃないと走れないダートを、安全に楽しくマイペースに、ただ純粋に味わいたいだけなのかもしれません。